私は悪い子供だったのか

子供の頃、母からよく「そんなことでは、友達居なくなるわよ」と言われました。

私には兄弟が多く居ますが、私以外の兄弟が母からそんなことを言われるのを聞いたことがありません。

どんな時にそう言われたのかよく覚えていません。私が途方も無い我侭を言った時でしょうか。

私は子供の頃、放っておいたら周りの人がみんな居なくなるくらい素行の悪い子供だったのでしょうか。自分の事、特に子供の頃の事を客観視することができないのでそれはわかりません。

私の素行があまりに悪く性格の悪さが幼稚園生活であまりに目に付いたので、幼稚園の先生が私の母に言ったのかも知れません。私は実際に友達の居ない子供でした。

 

幼稚園の時にみゆきちゃんという女の子とあやとりで遊んだ事があり、その日以降私はみゆきちゃんと自分は親友だと思うようになりました。

他に友達が居なかったので、私にとって感動的な体験だったのでしょう。

ですが、みゆきちゃんは誰にでも優しい穏やかな女の子だから私とあやとりで遊んでくれただけであって、私と親友だからあやとりをしてくれたわけではありませんでした。

 

その証拠に、同じ小学校に上がったにもかかわらず小学校入学をきっかけに私とみゆきちゃんの縁は切れました。

 

住んでいたマンションには、住人の子供達が遊ぶための広場がありました。

ローラースケートや縄跳びやけいどろなどが毎日行われていましたが、私はそこに居ても誘われる事はありませんでした。

「誘われるのを待っていないで自分から行けばいい」と思われる方もいるでしょうが、同じように待っていてもいつも誘われる子と私のように誘われない子がいるのです。この差はなんなのでしょうか。

 

一緒に遊んで楽しい子か、楽しくない(戦力としてアテにならない)・むしろ不快(ルールや慣習より感情や利己を優先する)な子かの差なのでしょう。

性格について言えば、私は母の言う「友達を無くすような態度」の子だったので間違いなく後者です。

戦力になるかどうかについて言うと、私の運動神経の鈍さは相当のものでした。

幼稚園のとき、クラスの女の子の中でいつも一番背が高かったのに運動会のかけっこでは必ず最下位になりました。*1

また、体育の時間でサッカーやドッヂボールなどの2チームに分かれるスポーツをするときには、私は必ず最後まで選ばれない足手まとい・ハンデ・残り滓でした。

 

私には同い年の友達が出来ませんでした。たまに同い年の友達が出来た場合間違いなく優しくて大人しい性格の子でした。類は友を呼ぶ、ではありません。

優しすぎて大人しすぎるために、嫌な私から逃げられないような子しか私のそばに残らなかったのです。小学校中学年になればその辺は察する事ができるようになりますので、私は優しくて大人しい子に申し訳なさを感じながらも一人ぼっちだけは避けたいという思いから一緒に行動しました。

当然そんなことでは友達と呼べるような人間関係には発展せずクラス替えまでの間ギクシャクした関係を続けるのみでした。

 

私の遊び相手は兄弟か、私の愚行を笑って許せる年上の子か、おそらく恐怖ゆえに私から離れられない年下の子ばかりでした。

 

ですが、「友達を無くすような」態度で過ごしていたあの頃の自分にどのような問題があったのか私には分かりません。今でも、分からないのです。

 

 大人になって、社会にでて、会社や取引先の人と普通に人間関係や親交を結べるようになりました。ジョークを言ったり、悩みを打ち明けられたり、逆に打ち明けたりして楽しんだり出来ます。

たまには会って食事でもしようと向こうから連絡を貰えることもあるので、みゆきちゃんのように優しさや大人しさの故に嫌々私に付き合っている訳ではないようです。友達だと思います。

 

どうして私の子供の頃には社交性や優しさや気遣いなどの、人から好かれる要素が無かったのでしょうか。

子供の頃の私には、本当に人から好かれる要素が無かったのでしょうか(現にそれを感じ取る人が居なかったから独りだったのでしょうが)

子供の頃の私は他の子と違って悪い物の塊だったのでしょうか。

 

乳歯が自然に抜けて大人の歯が生えてくるように、子供の頃の嫌われ要素の塊だった私から、それらの要素が自然に抜けていったのでしょうか。

 

子供から大人になって、精神的にも大人になったので、昔の私と今の私はそりゃ違うでしょう。

でも、私には「性根を入れ替えた」覚えはありませんし、根っこの人間性は今と子供の頃とでそう変わらないと思います。

 

それとも今、少ないながらも本音を話せる友人を持つことが出来たのは、母が口を酸っぱくして「そんなことでは友達を無くす」と脅し続けてくれた賜物なのでしょうか。

 

しかし一つ、声を大にして言いたい事があります。

子供だった私に母が「そんなことでは友達を無くす」と言い続けた事、私はその事に対し絶対に感謝したくありません。

何故なら、30年近く前のことなのに、今でもその言葉を思い出すと不快な思いしか湧いてこないからです。

*1: 幼稚園の先生が運動会で私の父に「○○ちゃんはコンパスは大きいんですけどね」という意味合いの事を言ったそうです。大人になってから自分がそう評されたと想像すると、全く嫌な教師だと思います。そんなことを馬鹿正直に幼稚園児の娘に口伝する父親にも多少の問題がありますが。

「気を遣わない」はしようとしてできるのか

以前勤めていた職場でお世話になった先輩のお宅へ遊びに行ってきました。

10ヶ月になる女の子がいて先輩は育児休業中だったこともあり、ゆっくりお話することができました。

私自身は出産も育児も経験していないくせにネットで壮絶なエピソードを大量に読んでいたため、目の前でニコニコしている女性の先輩は10ヶ月間それは恐ろしい修羅場をくぐってきており、また今現在もその途中なのであろう…と勝手に想像していました。

 

その辺を率直に質問してみたところ、確かに大変だがお義母さんやお義姉さんが入れ替わり立ち代り子供の世話をしに来てくれていたので周囲から聞いて想像していたよりも楽だった、とのことでした。

 

義理の母や姉がしょっちゅう来る事で、気疲れ等は無いのですか?とも思い切って聞いてみました。

先輩は「そういう話は確かによく聞くけれど、私は結婚前から気を遣わないことに決めていたので堂々と頼ることが出来、産後一ヶ月は食事もほとんど作ってもらって楽だった」と答えました。

 

「気を遣わないことに決める」という事が、そしてそれを実行できるという事が私のような人間からすると凄いスキルであるように思えます。

もちろんお互いの相性が良かったから先輩にそれができたのかもしれませんが、私の感覚では「気を遣う」というのは驚いた時に本能的に目をつぶったりするのと同じようなもので「しないと決め」てできるような種類のものではないのです。

 

多くの人にとってそれは意識して出来る事なのでしょうか。

それとも子育てというのっぴきならない局面に立つ事でそれができるようになるのでしょうか。

これができるなら、とても強みになると思いました。

映画「ふうけもん」を観て来た

やまと郡山城ホールで映画「ふうけもん」の上映会があるということで観て来ました。当日券1,000円。

 


映画『ふうけもん』オフィシャルサイト

 

中村雅俊さん演じる元祖便利屋の社長が便利屋業を通して人と向き合い過去と向き合い家族と向き合っていく感じの話です。

中村玉緒さん目当てで観に行ったようなものでして、関東言葉で話し、はにかみ、くすくす笑う玉緒さんマジで可愛かったです…

親子関係の歪みと修復が焦点となるテーマが数種類あり、ご年配のお客さんには特にグッと来るシーンが多いのか鼻をすする音が時折聞こえていました(風邪を引いていただけかもしれない)

私は元虐め被害者でひきこもりを脱したばかりの新米便利屋、竹内君へのエールを送る事に夢中になり、胸を熱くしていました。

追い詰められた竹内君を助けるために加害者に教育的指導(物理)を繰り出した中村雅俊さんが「これはお父さんの分!」「これはお母さんの分!」というシーンを観て、当然次は「そしてこれは、俺の怒りの分だー!!」と来ると思っていたのですが、予想が外れて残念です。

 

北海道からスタートして、日本縦断上映の旅をされているとのことで、来週以降もいろんなところで上映するようですので、良かったら足を運んでみて下さい。

1,000円でたっぷり2時間観られる映画ですし、俳優さんの布陣には間違いがないので良いと思います。

 

 

「記憶に残る風景」奈良の商店街をウロウロしてきたよ #地元発見伝

 

https://www.google.com/maps/preview?q=34.681982%2C135.829035

奈良市, 奈良県三条通

奈良を故郷とする私にとって、Googleから切り出してきたこの三条通の風景こそが記憶に残る風景です。

また、夕方に猿沢池に立って松の木の向こうに見える五重の搭を眺めていると私はやはり奈良から出て行くことはできないと思います。

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さて、11月に受験を予定している簿記検定の申し込みのため近鉄奈良方面へ行き、ついでに商店街をウロウロしてきました。

あわよくば現在奈良県下で開催されている第2回奈良ビールフェスティバルのスタンプラリーに参加しようかと考えていたのですが、思うように移動できなかったこともあり、今回は諦める事にしました。

 

近鉄奈良駅からスタートして「ひがしむき商店街」を通過、アーケードを抜けると三条通に出ます。

ひがしむき商店街も三条通も観光客向けのお土産屋さんが軒を連ねていますが、奈良なのに「京都」の文字が入ったキャラクターグッズや新撰組グッズが多く目に付いて悲しいです(しかも大抵お店の入り口の良く目に付くところに京都物ワゴンが陣取っている)。

武士は食わねど高楊枝とまでは言いませんがもうちょっとプライドを持ってくれよ、と正直思ってしまいます。生活がかかっているのでしょうが…。

 

気を取り直して。

ひがしむき商店街を抜けると、三条通を挟んだすぐ向かいに「もちいどの商店街」というもうひとつのアーケードの入り口があります。

もちいどの商店街を外から覗いた感じをひがしむき商店街と比較しますと、照明が少なくて薄暗いわ人通り少ないわで歓迎ムードゼロです。決定的に華やかさを欠いていて質素な雰囲気です。

せっかく貴重な時間を使って奈良へ観光に来て下さった人たちなら素通りして次の有名スポットに行きたくなるだろうと思います。しかし私は、奈良を散策するのであればむしろもちいどの商店街に来て頂きたいと思います。

歓迎ムードゼロと書きましたが、この商売っ気の無さ・愛想の無さ・資本主義に乗じて勝ち組になりたい等と露ほども思っていなさそうに見えるこの姿こそが野生の奈良の商売人なのです。

 

しかしわびさび感だけのもちいどの商店街ではありません。

いつごろ出来たのか正確には知らないのですが「もちいどの夢CUBE」「夢長屋」という小さな個人の雑貨屋さんを沢山あつめたエリアもあって、服や帽子や革製品それにアクセサリー、トルコの工芸品?果ては食品サンプルに的を絞ったなんだかよく分からない店もあります。

私が訪問したのは夕方でしたが、「本日は完売しました」という札を入り口にかけているスコーン屋さんもありました。完売するくらい美味しいのでしょうか。食べてみたい。

女性におすすめしたいエリアです。

 

 もちいどの商店街は横道に逸れる路地がちょこちょこあって、路地に入ると民家を改造して作ったような小さな雑貨屋さんや飲み屋さんが並んでいて楽しいです。

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↑こんな感じです。この通りにあるメキシコ料理屋さんのケサディーヤが気になっています。

 

 また、先ほどご紹介した夢CUBEを通り抜けずんずん東へ進んでいくと突然暖かな光が洩れる民家を改造したお店が現れて、これがクッキー屋さんだったりします。

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↑クッキー屋さん。

 

もちいどの商店街は東側の横道に入っていくと隣の今御門町というエリアに入ります。この今御門町も小さな飲食店や麻織物のお店があって楽しいです。

 

商店街の中にも何か昔から変わらずやってそうな洋食屋さんや喫茶店がいっぱいあるんですよ。

奈良町といえば格子の家や身代わり猿のぶら下がっている奈良町の風景を想像される方が多いと思いますが、もちいどの商店街にぜひ遊びに来て下さいね。

 

地元の魅力を発見しよう!特別企画「地元発見伝
http://partner.hatena.ne.jp/jimoto/

テレビ見られるようになった!

昨日の地上波デジタル放送の電波を受信できない件は、無事に解決しました。

ブログ本文を書いている時に、「あれ?このエラーコード(E202)ってどういうエラーなんやろ」と思い、ネットで調べたのでした。

電波をちゃんと受信するためには、受信エリア等の初期設定が必要という事を、ここで初めて知りました。地上波デジタル放送に対する無知に外箱・取扱説明書なしの中古を購入した事が事態に拍車をかけた形です。

対して調べもせずに管理会社へ電話していたらすさまじいご迷惑と赤っ恥になっていた事でしょう。命拾いしました。恐ろしい恐ろしい…。

テレビ買った!→観れない ←いまここ

ハローワークへ行くために外出した際、気まぐれにリサイクルショップへ寄りました。

オリオン製の19型テレビが5,400円…買ってしまいました。

というのも、うちには今インターネットしか外の出来事を教えてくれるツールが無いのです。2ヶ月ほど前までスカパーのニュースチャンネルを契約していましたが、辞めてしまいました。

スカパーを視聴するのに使っていたテレビは箱型の旧式のもので、スカパーを解約していこう完全に旧世代の遺物となっているのです。

リサイクルショップで購入したテレビは案外軽量で、電車+徒歩での外出だったにもかかわらず楽に持ち帰る事ができました。

B-CASカードも作りました。地上波デジタル放送にはそんなカードがいるということを今日始めて知りました。さまざまなコンテンツが無料で楽しめる世の中になっている一方、昔はかからなかったお金がかかるのですね。

 

家に帰ってブラウン管を退かし、テレビアンテナのプラグを挿す所を部屋の隅に見つけました。ですが、私が考えていたコンセントとちょっと違う形状をしています(引っ越してきて8年以上になりますが、はじめてちゃんと見ました)。おそらくコンセントもテレビ同様古い時代の形状なのでしょう。築年数はかなりのものですし…

 

テレビ側はF型端子が使えるのでプスッと差して終わりです。コンセント側はビニルをはがして形を整え、銅線をつなぎました!よしスイッチオン!

テレビ画面には「(E202)受信できません」と出るのみ。あれ??

勿論B-CASカードもちゃんと差しています。なんで?なんでよ??

同軸ケーブルの先端ははちゃんと加工できてるはずなのに。

電気屋さんを呼んでプロの人に配線してもらおうかと一瞬考えましたが、私がこのアパートに越してきてから8年以上、一度もアンテナコンセントを使っていないのです。もしかしたら建物の設備の問題かもしれません。そうであればお金をかけて電気屋さんを呼ぶよりまずは管理会社さん案件かも…。

 

そういう訳なので、明日アパートの管理会社さんへ電話してみます。

まさかとは思いますが、いまどき地上波デジタルのアンテナ設置されてないとか、さすがにそれは無いですよね?

明日電話するのが恐いです。

無印良品の万年筆

ペン字のお稽古帳に同梱されていた練習用の万年筆のインクが無くなってしまったので、とりあえずイオンの文具売り場に行って万年筆のカートリッジを買ってきました。

家に帰って開封し、装着しようとしたら全く入りません。どうした事かと思ったら、日本製の万年筆はカートリッジの互換性がものすごく低くて純正品でなければほぼ使えないようです。お前ら全員SONYか!と思いましたが、開封してしまったし返品もままなりません。

今使っている練習用万年筆はプラチナ万年筆製。イオンで買ってきたものはパイロット製。しかしイオンの文具売り場には私が買った1種類しかインクが陳列されていなかったのです。

途方にくれていたところに、無印良品のアルミ丸軸万年筆は欧州共通規格のカートリッジインクが使えるらしいという情報が入ってきました。見た目がシンプル&スマートだった事、安価だった事(1,200円しない)などを考えて、早速ロハコで取り寄せました。

 

横道に逸れますが、ロハコは1,900円以上の購入で送料が無料になる上に商品は定価以下の価格設定なので、公式通販の存在意義が分からなくなるくらい便利です。アスクルから派生したサービスなだけあって、本当に翌日に届くのが嬉しいです。Tポイントが溜まりますし、1,900円に届かない場合はアウトレットや1日限定セールのお菓子やインスタント食品・飲料で1,900円に届かせればOKです。

以前はネット通販と言えばamazonだったのですが、最近は本はKindleダウンロード以外はhonto通販、文具や日用品はできるだけロハコ、雑誌はfujisan.co.jpです。

 

手元に届いた無印良品の万年筆ですが、プラチナの練習用万年筆のスルスルとした書き心地と比較すると「引っかかり」を感じます。使っているうちに解消していけば良いのですが。

また、練習用の万年筆は線の太さがM(中字)だったのに対し無印はF(細字)の筈なのですが、線の太さが同じかそれ以上…?くらいに感じます。小さい字でメモを取るのはしんどいような気がします。こいつと仲良くやっていけるかどうか、少し不安を感じます。

 

ただ、こうやって安物の万年筆を色々使っているうちに、ペン先の固さ・胴軸の重さ・書き心地・線の太さなど自分の好みが見えてくるような気がします。

安価な万年筆をさまざまに試してみて、いつか高価な万年筆を本気で選ぶことになったとき、自分の好みを明確にして妥協せず愛用できそうなものを探す判断材料にしていけたら良いなと思います。